ファンキージャム・ブレーカーズの最初のダンスメンバーは井上、堀越、村山の3名です。
ファンキージャム・ガールズとダンスイベントに参加。
その後、ロックスタディの来日でブレイキングのレッスンを決定。ブレイキングの強化のためにオーディションをして、七類が加わり後藤、島崎、小笠原などの生徒もイベントに参加するようになりました。
ダンスメンバーの多くは小学から大学までの学生が多く、ショーに参加できる時が各自違いました。当時、参加できるメンバー構成が一番大変でした。
初期の堀越は水上スキーで有名でしたし、渡米することなどがあり早くに離脱しました。
1984年ビデオ製作時
女性の参加もありました。まだブレイキング初期、バックスピンを簡単にやってしまったヒロミちゃんにショーの参加をしてもらっていました。しかし、ブレイキングの急速な進化で離脱しました。
映画「BreakDance」公開直前イベント、渋谷駅入口でブレイキングのヒロミちゃん。
ブレイキングの進化とメンバー増になり、女性のブレイキングは参加しない方針にしたのです。同じ頃、京子ちゃんがポップロックで参加するようになり、TVの出演を多数してもらいました。
TV歌番組で歌手のバックダンスをするキョンちゃん。
ファンキージャム・ビデオの How To Break Advance では、数ヶ月のレッスンの女生徒4名にも参加してもらいました。